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卑弥呼の謎を解く(216) まとめ⑥ 宇摩に残る物①地名

2006/12/23 17:21

 

 宇摩に残る物は、古事記神話の冒頭から、宇摩地名があると書いている。高天原と、天之御中主神は、省略する。ともに、燧灘と宇摩を意味する言葉だった。

 この説が生まれる元になった、ウマシ(宇摩志)アシカビヒコヂの神の宇摩郡天之常立神、国之常立神の、常(津根)。豊受大神の、豊受山、など、多くが残っている。

 これらは、言語とも絡むので、代表的な部分だけ、書いておくことにする。先に、古事記冒頭の神々も解いてある。

 燧灘の中心に位置する宇摩郡の浜辺の地名は、江之元(108で太鼓台と船神輿を紹介)は、江(港)の元の地名。同じく、津根も津(港の根)も、ともに「港の元」と言う名が付いている。

 浜辺の地名では、八綱浦(多くの綱のある浦。国引き神話)や、川之江も、河口が港であったから、この名も港に関係する。先の、港の元や、港の根などが、重なることから、この地の特殊性が判る。

 国引き神話によると、島に綱を付けて引き寄せたと言う。これは、出雲神話だが、同じ事を、中心の神々をしたであろうと思う。また、高天原を、出雲に見せかけようとした傾向もある。

 出雲の国司が特別待遇であった事も、何かの秘密を思わせる。また、国司と言えば、伊予の守は、出世街道であり、多くの人が希望したことも、何かを告げるものだろう。

 後には、島流しの国のように装ったが、伊予の守も兼ねた、「田中法痲呂」の時代まで、伊予は特殊な国だった。

 東宮山古墳など、トウグウの地名も、春宮、遠具などと、幾つか有り、不思議な地名を残す。土居町には、斉明天皇の墓所と伝える「宝塚」がある。名神大社、村山神社である。

 この伝承は、幾つか書いた。斉明天皇の書き出しにある、不思議な話は、宙を移動する人の話から始まる。これを、私は、神輿大鼓に乗る人の表現だと説明した。

 神輿大鼓の上に乗ると、丁度、大きな庭木の上辺りを移動する。
これは、写真を一つ入れておこう。



  私がこの事に気付いたのは、住吉さんの松が、道に沿って植えてあるのを見た時に、丁度、松の上になると思ったからだ。記録の通りに空を移動するのは、この神輿に乗った人であろう。

 神の名には、豊と秋が使われている。豊の地名は各地に多く残るが、秋は、安芸地名ぐらいで少ない。宇摩郡には、上・下秋則がある。もちろん,豊は、豊岡・豊田・豊坂が宇摩にあり、隣に豊浜もある。

 また、検証してないが、法皇山脈は、鳳凰か、豊王が元だろうと思っている。

 猿田比古大神の猿田も、上下の猿田地名と、猿田峠がある。

 宇摩郡は古代論を展開するのに、多過ぎるほどの地名が残っている。ここまで書いて、宇摩地名の全てを、書いてないような気がする。まだまだ、調査が必要だ。

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