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宇摩説視点186、古事記の謎、歴史書二冊の理由、史学の謎だらけの古事記理解 ニュース記事に関連したブログ

2012/01/29 12:53

 

   

  はじめに

   

 イザ!に現在の史学の解釈と謎の指摘が出ていた。宇摩説的には、いとも簡単に解決する。

   

 朝廷が二冊の歴史書を残したのは、事実を残す古事記と、朝廷の都合に合わせた日本書紀を書いたのである。

   

 史学者は日本書紀が漢文、別伝収集などを指摘して公平・公正だから、正規の歴史書と言うが、間違いだ。別伝は迷路の入り口と、不都合な歴史の迷彩・変更で挿入されたものだ。

  

 だから、日本書紀は当時、何度も講習が開かれた。が、迷彩されていても事実が残る古事記は秘匿された。人は、古事記が隠されて、最初に触れたものに汚染されるから、日本書紀重視となったのだ。漢文は庶民の伝承から、隔離する手段である。

   

 宇摩説の二書作成の基礎的知識を持てば、貴方も史学が解けない謎が解けるようになる。下記の記事は丁度よい練習台である。

   

 ただ、朝廷は世界中の権力者と違って、都合のいい歴史だけでなく、事実が判る古事記も作ったと言う事が、凄いのであり、間違えないで欲しい

   

   

  史学の古事記理解の現状、「”古事記”の面白さ」

   

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/other/542843/

   

<コピー>

 【土・日曜日に書く】

 和銅5(712)年1月28日は、暦法の違いを考慮せずにいえば、いまからちょうど1300年まえにあたる。この日、ときの元明天皇に上中下3巻の書物が献上された。「古事記」である。献上したのは、「正五位勲五等太朝臣安萬侶(おほのあそみ・やすまろ)」であった。

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記事本文の続き

  

 以上は、古事記の序文に基づいている。岩波文庫版には、「現存するわが国最古の歴史書・文学書」という惹句(じゃっく)が書かれている。だが残念ながら、古事記は歴史書でも文学書でもない。

   

 古事記が不思議なのは、ほぼ同時期に、天武天皇の詔(みことのり)によって、正史である「日本書紀」が編纂(へんさん)されていたことだ。このため古来、偽書説がつきまとった。

<* 天武からでは日本書記編纂の年数が掛かり過ぎている>

<* 

   

 江戸後期の国学者、本居宣長が畢生(ひっせい)の大著『古事記伝』を書くまでは、ほとんど埋もれた書物でもあった。現在では、奈良前期まで残っていた上代特殊仮名遣いの音韻の研究によって、偽書説はほぼしりぞけられた。

   

 それでも「太安萬侶」が書いたとされる「序文」だけは、後世の「偽文」だとする、有力な説がある。国家的な編纂事業にもかかわらず、「釈日本紀(しゃくにほんぎ)」など後世の史書に、古事記のことが触れられていないからだ。

  

 歴史とは、つねに「勝者の歴史」である。勝者によって書かれ、敗者はつねに脇役でしかない。とりわけ古代史ともなると、改変・改竄(かいざん)がなされ、敗者はときとして闇の底に沈められる。

   

 だが古事記はどう読み込んでも、勝者が書いたとは思えない。つまり歴史書としての資格に欠けているのだ。

* 朝廷が事実を残す文書を作らせ、秘匿された

* 日本書紀は、勝者の歴史で講習を続けた

  

 たとえば、古事記では敗者である出雲の神々のくだりが、かなり詳細に描かれている。天皇の権力が掌握される以前に、出雲にはオホクニヌシを中心にして強大な王国が築かれていた。逆に書紀は出雲に対して、いやに冷淡な扱いに終始している。

   

 有名なヤマトタケルも、書紀では天皇の命にたいし、唯々諾々と従っている。古事記では、クマソ征伐から帰還した直後、さらに東征を命じられ、「天皇既に吾(あれ)死ねと思ほす所以(ゆゑ)か」と嘆く。書紀とは、好対照である。 

   

 残虐な専制王とされた雄略天皇も葛城の神に対しては、「恐し、我が大神」とかしこみ、部下たちの着ていた衣服や太刀、弓矢をたてまつってしまう。書紀の雄略とは別人のようだ。

* 古事記が事実、書記は意図的編集だから講習をした

* 古事記が事実は地名・個人名でも明確だ

   

 ◆「清らかなる正実」

 文学書ではない理由は、簡単だ。日本には明治20年代を濫觴(らんしょう)とする「近代文学」以前に、「文学」などというものは存在しなかった。

   

 歴史書でも文学書でもない古事記は、「平家物語」や「太平記」と同じ構造を持った、語り物(ナラティブ)なのである。

   

 国学者、折口信夫* 反日左翼、自虐思考)によれば、「語り」とは「騙(かた)り」でもある。「騙取(へんしゅ)」というコトバがあるように、相手の心を引きつけ、だますように物語の世界に取りこんでしまうことを目的としているのが「語り=騙り」である。

* 反日左翼の自分の思考が露見した見解である

   

 「序文」を信ずれば、記憶力バツグンの28歳の舎人、稗田阿礼(ひえだの・あれ)が語り、安萬侶がもっぱら音読みで書き取った。その書記法に魅せられたのが宣長である。『古事記伝』には、こう書かれている。

   

 「すべて意も事も、言を以て伝フるものなれば、書(フミ)はその記せる言辞(コトバ)ぞ主(ムネ)には有ける」

   

 上代においては、言辞には言霊がこもっていた。記されたまま、そのまま信じて朗読しなさい、そうすれば、「上ツ代の清らかなる正実(マコト)」がありありと浮かんできますよ、と言いたかったはずだ。

  

 だから宣長は、書紀には手厳しい。「彼(書紀)はもはら漢(から)に似るを旨として、其文章(あや)をかざ」っている。中国渡来の史書に基づく「漢意(からごころ)」で書かれているからダメだと決めつけた。

*書紀は 漢籍利用の誤魔化しがあると言ったのだ

   

 宣長にとって、勝者が中心の「歴史書」などは問題ではなかったのである。

 

 ◆「タイアンマンロ」って誰

 昭和54年1月、奈良市内の茶畑から「太朝臣安萬侶」と刻まれた墓誌と墓が見つかった。新聞の1面に大見出しが躍ったが、後輩の記者に「タイアンマンロって、誰ですか」と訊(き)かれ、目をむくほど驚かされた。

  

 この記者は、記紀など読んだことも、教えられたこともないとつけくわえた。戦後の民主主義教育は、日本の神話を極端に忌避した。だがとりわけ古事記の神話は、ヤマトタケルの「語り」もふくめ、ギリシャ神話よりも、はるかにおもしろい。

* 古事記神話は、人間的・歴史物語である

  

 現代語訳だけでなく、マンガ本も出ている。若い人たちは当時の日本人が、いかに「清らかなる正実」を語りつごうとしたのか、その片鱗(へんりん)を味わってほしい。(論説委員・福島敏雄)

<以上>

   

  

* 歴史でも文学でもないのに、古事記の推薦は論が破綻していて、少し、おかしいのでないか?

   

* 「大人の古事記講座」の最初の頃に、史学解釈も童話として残るだろうと書いたが、この童話的物語として推薦は何か矛盾する。

   

 とにかく、古事記も日本書紀も日本の古代史だ。古事記で事実が判ると、古事記の抜けた部分が日本書紀で見つかる事がある。つまりは、二冊で日本古代が鮮明なる

   

   

   

  

カテゴリ: マネー・経済  > 金融    フォルダ: 早分かり、宇摩説

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コメント(4)

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2012/01/30 11:59

Commented by nihonhanihon さん

>歴史とは、つねに「勝者の歴史」である。

私はこれ自身に疑問があります。

「公式史書」は確かに、日本の場合でも勝ち残った側の記録が中心になっています。

当然といえば当然ですが。

ですが、「歴史」とは「対象の足跡」そのものですから、例えば、私が食べた物が体の養分になるまでの時間も「その食物が私の体に取り込まれる歴史」ですし、航空機が着陸して整備されている間も、その航空機1機個体にとっての歴史の一部です。

ですので、「公式史書とは常に勝者のものである」、とは言えるのでしょうが、歴史全般には当てはまらない、というのが私の解釈です。

それぐらいの「目」でないと、「公式史書」と「それ以外の歴史書」と「民間伝承」の3者を総合的に考察することができないような気もしています。

赤穂事件ひとつをとっても、もちろん事件そのものを本当に研究するのならば公式史書の冷静な目が最も大事ですが、「日本文化論」的な考察にまで広げるなら、有名な芝居ももちろんのこと、その後の再脚色、あるいは、愛知県吉良町での伝承、そのようなことにも目を広げるべきではないかと思うわけです。

なんだか書いているうちにわけがわからないような文章になってしまいましたが、つまりは、新聞記事の中の「勝者が書いたとは思えない。つまり歴史書としての資格に欠けているのだ。」にとても違和感を覚えます。
「歴史書としての資格」とは?
「公式史書としての資格に欠ける」、という書き方ならわかるのですが、腑に落ちません。

 
 

2012/01/30 11:59

Commented by nihonhanihon さん

それに、古事記にはない(のちの改変された可能性の高い記述?)日本書紀独自のある記事にすら、他の地域、国々とは違うものを感じます。

長くなるので手短に言うと、第25代天皇の記述です。
この記述をチャイナ式の革命と重ね合わせる学者もいるようですが、それは違うといえます。
本当にチャイナ式なことが起きてチャイナ式の歴史改変をするのなら公式史書である日本書紀は第26代を初代にすればいいはずなのです。
でも、そうしていないわけです。
それにほとんどの廷臣が処刑もされずそのまま宮仕えしている記述になっているので、これも革命とは違うことになります。
つまりは、古事記の記述(悪逆記述なし)が真実に近い、ということになりますが、なおかつ、日本書紀という「公式史書」にあえてこのような「帝王のご先祖様の恥ずかしいこと」を載せてしまえるのも、日本ならではだと思います。
(「つながっていないから書けるんだ」という方は、前述の矛盾を説明できていないので却下します。)

 
 

2012/01/30 12:02

Commented by nihonhanihon さん

この記者さん、かなり石頭ですね。
東京大学の歴研の功罪が議論される昨今に珍しい。
これは小沢一郎を笑えません。

 
 

2012/01/30 21:22

Commented by 三島明 さん

To nihonhanihonさん
>この記者さん、かなり石頭ですね。
>東京大学の歴研の功罪が議論される昨今に珍しい。
>これは小沢一郎を笑えません。

 日本書紀が正史の思い込みは多いですね。現在史学の動向は知らないのですが、あまり進歩してないのでしょう。
   
 学者が邪馬台国は九州だ、近畿だと論議してます。そして、元が間違いだから一向に決まらない。この繰り返しです。橋下市長の「学者は気楽で無責任」を実行中です。うらやましいですね・・・。
   
   

 
 
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2012/01/30 12:26

惜しい!残念な福島論説委員の解釈 [nihonの雑記帳(仮題)]

 

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/other/542843/ 古事記に好意的な言葉を書いておられるので、大いに喜びたいのだが、少々気になる表現がある。 どうも、小沢某が韓国でヌケヌケと古い学説を披露してお…