はじめに
陛下に関するコメントを頂きました。ほとんど、コメントの応答をしてないのですが、コメントに大事なことが、抜けているようなので、ブログに書いて、応答をすることにしました。
この応答は、先にブログで書いているのですが、以後、陛下のどの記事を見ても、給食の件はありません。多分、国内では陛下が止められたのでしょう。
この話は、マッカーサーの著書「天皇サマのサイン」と言う本に書かれている当事者の話であり、一番信用できる事実だと思います。ぜひ、周知に協力してください。
なお、陛下は印を使うので、手書きのサインはありません。マッカーサーは特別に頂いた、世界に一つのサインだと、書いています。陛下が給食の事等で尽力した恩返しで書いたのでしょう。
頂いたコメント
記事URL
http://ameblo.jp/yamato011/entry-11026398120.html#cbox
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■無題
終戦時マッカーサーが天皇の戦争責任を
問う際、陛下の堂々とした態度、皇居外で
腹を切った兵士をはじめとした国民の陛下を思
う気持ちを目のあたりにし陛下を戦犯にしたら
大変なことになると直感したらしいですね
この気高き国民性を右翼だ何だのと卑下して
君が代はおかしいだのとほかの国では考えられ
ない政治が行われているのが今の日本
歴史認識は捏造チョンなどのためにするのでは
なく日本自身にすべきと考えます
*応答
マッカーサーは、世界中の敗戦国のトップは、まず、自分の命乞い、家族の命乞い、次に財産の保全を要求することから、陛下も命乞いに来たと思って、部屋でふんぞり返っていました。
案内されてきた陛下は、まず、東条以下の戦犯は私の部下であり、釈放して自分を捕まえろといいます。命を投げ出した陛下に、マッカーサーは驚嘆します。
マッカーサーは申し出に感動して、態度を改めたと、書いています。そして、会談後には、見送りをします。この時の写真が、教科書に載っている陛下とマッカーサーの写真です。
続けて、陛下は、風呂敷に包んだ物を机に置き、「国民が飢えている。これは自分の財産であり、これを売って、米国から食料を調達して欲しいと申し出た。
これで、マッカーサーは感動し、以後、保護に大統領の命に背いてまで、陛下の擁護に解任されるまで奔走した。
陛下の申し出にマッカーサーが感動したのであり、連合国側の陛下の拘束要求を無視したのは、極東軍事裁判に陛下を召還すると、全戦犯が無罪になるという、事実もあった。
また、陛下の財産は、一部が、米軍などが買い取って、米国で食料調達の資金に使われたのです。
しかし、陛下の財産で国民全員の飢えを防ぐには不足です。そこで、児童に供給する方法として、GHQは学校給食を指示した。
だから、戦後に育った60~80歳の老人(祖父年代)は、陛下の財産を食べて、生命・健康を維持したのです。現在の80歳以下の日本国民は、陛下の財産を食べて育った人々と子孫です。
なお、学校給食を維持するために、米国のキリスト強などが寄付を集めて食料を送っています。だから、陛下の財産と米国の善意で給食が続いたのです。忘れてはならない事実です。
その後、反日左翼に育ったメディアには、非常に不都合なので、隠されたのでしょう。陛下の今も隠された事実を知って、感謝を捧げないと恩知らずです。<*左翼・在日を思う>
以上、マッカーサーの著書「天皇サマのサイン」の40年程度前に読んだ私の記憶する内容です。
最後に、マッカーサーの米国議会証言で日本擁護が知られていますが、この発言も、陛下の感化が有って起こったことだと、私は思っています。


by 三島明
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